先週来、沖縄県の八重山教科書採択地区に関するニュースがメディアに取り上げられています。文部科学省が、採択地区のメンバーの一つである竹富町教育委員会に対して「地方自治法に基づく是正命令」を出したというのです。
実は、先日の参議院文教科学委員会での質問で、私もこの案件を取り上げ、政府の姿勢を批判していたところだったのです。たまたまタイミングが重なったとは言え、私が「政府の対応こそが間違っている」と追及した翌日に、その間違いを更に上塗りするような誤った対応(=竹富町教育委員会に対する行政指導)を文科省が行ったのですから、私がどれだけ憤っているか想像していただけると思います(苦笑)。
この問題についての細かい経緯は、WiKiペディアの解説に譲りたいと思いますので、ことの経緯をまだご存じない方は、ぜひその解説を読んでみて下さい。その上で、以下、いくつかのポイントを記載しておきます:
学校で使う教科書を選ぶ権利があるのは誰か?
本来、学校で使う教科書は、学校毎に、先生方や親御さん、地域の方々が子どもたちに最善の教科書を選ぶことが出来るようにするのが理想だと思います。例えば現在でも、私立学校の場合は、設置者(学校長)が教科書を選択出来るようになっています。
しかし義務教育の公立学校の場合には、様々な事情を考慮した上、現行の法律上は、市町村の教育委員会にその選定権が与えられています。これを定めているのが、地教行法(=地方教育行政の組織及び運営に関する法律)の第23条第6項です。
(教育委員会の職務権限)
第二十三条 教育委員会は、当該地方公共団体が処理する教育に関する事務で、次に掲げるものを管理し、及び執行する。
六 教科書その他の教材の取扱いに関すること。
つまり、現行の法律上、義務教育公立学校が使用する教科書の決定権は、各市町村の教育委員会にあります。
教科書無償法の定めとは?
一方、義務教育の学校教科書については、国が無償で子どもたちに(教育委員会、学校経由で)配布することが教科書無償法(=義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律)によって定められています。
その教科書無償法の第13条の4項に、以下のような規定があることが今回の問題の根源になっています:
(教科用図書の採択)
第13条 都道府県内の義務教育諸学校において使用する教科用図書の採択は、第10条の規定によつて当該都道府県の教育委員会が行なう指導、助言又は援助により、種目(教科用図書の教科ごとに分類された単位をいう。以下同じ。)ごとに一種の教科用図書について行なうものとする。
4 第1項の場合において、採択地区が2以上の市町村の区域をあわせた地域であるときは、当該採択地区内の市町村立の小学校及び中学校において使用する教科用図書については、当該採択地区内の市町村の教育委員会は、協議して種目ごとに同一の教科用図書を採択しなければならない。
この第13条4項が言及している「採択地区が2以上の市町村の区域をあわせた地域」というのが、いわゆる「共同採択地区」というもので、同法の第12条に以下のように規定されています:
(採択地区)
第12条 都道府県の教育委員会は、当該都道府県の区域について、市若しくは郡の区域又はこれらの区域をあわせた地域に、教科用図書採択地区(以下この章において「採択地区」という。)を設定しなければならない。
ここが問題なのです。本来、教科書の採択権は「市町村の教育委員会にある」と地教行法で規定していながら、教科書の無償配布については「市や郡を合わせた共同採択地区では、同一の教科書を採択しなければならない」と規定しているのですね。しかも、第12条にあるように、教科書の採択地区は「市」または「郡」単位でしか設定出来ないようになっているために、町村の教育委員会は共同採択地区に入るしか選択肢がなく、そもそも単独で教科書の選択決定権が行使できなくなってしまっているわけです。
これは一つに、かつて「郡」が行政単位として重要な役割を果たしていた時代の名残なのでしょう。また、法律制定時、共同採択地区を設定した背景には、町村が単独で数ある教科書の内容を調査・研究したりすることが難しかったことや、当時の輸送・配送の状況などからも、町村毎に別々の教科書を採択することに経済・社会上の課題があったからでしょう。
それでもやはり問題は、市町村教育委員会が持つ教科書決定権が、教科書無償法の下で尊重されていないことにあるのは間違いありません。
文科省の対応こそが法律違反なのではないか?
今一度、教科書無償法の第13条の4をみて下さい。この条項が要請しているのは、「協議して同一の教科書を採択すること」です。主語は「当該採択地区内の市町村の教育委員会」ですので、採択地区のメンバーである全ての教育委員会が等しく、「同一の教科書」を採択するために「協議して」それを決定する法律上の責務を負っています。
ここで重要なのは、その協議の方法は何ら法律には規定されていない、ということです。協議の方法も、関係教育委員会が協議して決めればいいわけで、地方自治の観点から、そして教育に国の介入を許さない観点からも、その決定権は自治体に委ねられているのです。
そしてもう一つ。教科書無償法の目的は、国の責任で義務教育の教科書を子どもたちに無償で配布すること、そのための採択制度を整備することです。それ以上でもそれ以下でもありません。つまり、それを根拠に、国が市町村教育委員会が持つ教科書の選択決定権を踏みにじることなどあってはいけないわけです。
今回の場合、八重山地区では、石垣市、竹富町、与那国町の3つの市町教育委員会が教科用共同採択地区を構成しています。3者がいかにして協議し、同一の教科書を採択するかは、3者が合意して決定した「教科書選定協議会規約」に基づいて決められることになっています。
文科省は、この協議会規約を盾にして「竹富町がこの規約に従っていない」ので行政指導の対象となると言っているわけですね。しかし繰り返しますが、この協議会は協議のために3教委によって設置された任意の組織であって、法律上の根拠はありません。つまり、その任意の組織が出した答申が、法律上、市町村教委に認められた教科書の選定決定権を否定することはあり得ないのですね。
しかも、この八重山の教科書採択地区協議会の「規約」は、以下のように規定しています:
- 協議会は、3市町教委の諮問に応じ、採択地区内の小中学校が使用する教科書について調査研究し、教科種目ごとに一点にまとめ、3市町教委に対して答申する。(第3条)
- 3市町教委は協議会の答申に基づき、採択すべき教科書を決定する。(第9条4項)
- 3市町教委の決定が協議会の答申と異なる場合は、沖縄県教育委員会の指導助言を受け、役員会(3市町教育長で構成)で再協議することができる。(第9条5項)
実はこの規約、今回の問題が発生した平成23年8月の直前、6月に行われた協議会総会で改正されているのですが、その議論でかなり揉めているのです。議事録によれば、複数の委員が「答申を踏まえて最終的に決定するのは各教委なんだから、第9条の5項は不要なのではないか」という意見を出しています。それを、協議会の会長さんが「(教委が答申と違う判断をした場合の)セーフティーとしてぜひ残して欲しい」と主張し、規約に入れられたということです。
条文の規定にかなり解釈の幅があることは間違いありませんが、少なくとも、採択時の議事録を読めば、当事者たちも(1)協議会はあくまで教委に対する答申を行う機関であること、(2)最終的な決定は各教委が行うべきものであること、(3)答申と教委の決定が異なる時には、再協議して(協議を続けて)決着すべきであること、を認識していたと考えられます。
つまり、平成23年8月以来、現在まで続いている状況は「3教委による協議が整っていない(=同一の教科書の採択に至っていない)」状況であって、引き続き協議を行って同一の教科書の採択を行う義務は、石垣市、竹富町、与那国町の3教委が等しく負っていると考えるべきなのです。
そう考えると、国(=文科省)が出来ること(すべきこと)は、教科書無償法に基づいて、3教委に対して等しく、協議を続けて結論を出す努力を促すことであり、それ以上であってはいけないわけです。だからこそ、今回、文科省が竹富町教委にのみ行政指導を行ったことは、私たちから見ればそれこそ法律違反で、不当な国の介入だと言うべき話なのです。
一刻も早く教科書無償法の正しい改正を
そしてもう一つ、国がやるべきは、早く教科書無償法を正しく改正して、市町村教委がもつ教科書の選定決定権が、教科書無償法の下でもきちんと尊重されるよう担保することです。この点については、今国会で政府が法改正を用意しており、教科書選定地区の設定を、これまでの郡単位から市町村単位に変更するなど評価出来る内容も含まれていますが、一方で、共同採択地区は残されていて、その決定方法について法律上の縛りをかけるなど、本来の趣旨とは異なる方向での改正も含まれています。
私たちは、引き続き、八重山教科書採択問題に対する政府の姿勢を正すとともに、正しい教科書無償法改正が行われるよう、取り組んで行きたいと思います。